貧乏父さんの自己紹介

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ここで、少し自己紹介


5男2女の長男としてうまれました。

父は、3男3女の次男ですが、父の長男は、生まれてすぐに亡くなり

父は、その後生まれた男の子として、精一杯甘やかされて育ったのか、全く自分で何もできなく、辛抱のない父。


また、母は、2男3女の長女でしたが、どうしたわけか、どう育てられたのか、これも全くの無精者で、仕事嫌い。


家事嫌いの最低の両親に育てられ、結果貧乏暮らしの幼年期をすごすことになりました。


貧乏子沢山のとおりのその当時でも珍しい7人兄弟。いろんな人に何人兄弟化と聞かれるのが、すっごく恥ずかしかった。


よくこんなんで、生活が成り立っていたものです。


祖父は私が生まれる前には、亡くなっていて私は、全く知りません。ですが、祖父が長屋を経営といいますか、今でいう、アパートの大家さんのようなものをしていたおかげで、少しですが、賃料が入っていきていました。


賃料が、生活の足しになっていたようです。


祖母と母は、仲が悪く毎日喧嘩。


貧乏は、父の稼ぎが悪いと、兄弟に毎日のように言っている母でしたので、父とも毎日喧嘩です。


母の洗脳によって、兄弟は、父をののしっていました。


今にして思えば、貧乏の責任は、父と母の責任のようなものですが、母は、父の稼ぎのせいにしていました。


母は、若い時でも働かず、金がなくなれば、自分(母)の祖母に、金をねだるような母でした。


毎日がすさんでいました。

 
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兄弟は全くの放任主義によって育っていきました。ですから、私は、躾けなんかまったくしてもらったような記憶はありません。


どうやってこの人格になったんでしょうか?


今は、亡くなった父に謝りたくてしょうがない。あの当時は母の洗脳があったとしても、父だけを悪いように言っていた私達。


そのせいで、父が家に居づらくなったんでしょう。毎日のようにパチンコづけの日々でした。


私には、そんなさぼり癖のある両親の血が流れていると思うと、立ち止まるのが怖くなります。


こうやって、毎日ブログを更新しているのも、この脅迫観念からでしょう。


貧乏が芯まで浸かってる私、今は、住宅ローン地獄です。


少ない給料でやりくりしながら、毎日生活をしていますが、いつか楽になることを夢見てる貧乏父さんが私です。


現在の借金-住宅ローン500万その他20万円なり。給料手取り20万

60までには、完済予定。したいです。



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