いつかは しかし現実はそうあまくなかった!

毎日新聞配達をしていた私 雨だろうが、雪だろうが新聞がある限り配達した 寒い日は指がかじかんだ しもやけあかぎれなど あたりまえだった 生きていくために 高校へ進学するために 必要だった。 高校受験 そして無事合格し入学 自宅から高校までは、バス通学です。 通学費 新聞配達でのアルバイトで得たお金を使いました。 流石に授業料等などは、…

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あの時褒めてほしかった

週末は、娘の運動会だった 最近のご両親は、子供の運動会にもご熱心だ 自分の小学校時代の運動会などは、 両親などは、来なかった 同級生は、皆 両親がお弁当を作って応援に来ていた 自分には 来ない 一人隠れるように お昼は、教室の隅で 一人弁当を食べた 弁当箱は、父のお古 白米に紅い梅干しひとつ まるで、漫画みたいだ …

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生きてきて初めてそして最後の父からのプレゼント

私が幼稚園児のころ 初めて父からプレゼントをもらった 怪獣映画のガメラのソフビ人形だった 生きてきて今まで 唯一のプレゼントだった すっごく嬉しかった 生活に苦しい中で 初めてもらったプレゼント あの時を思い浮かべると目頭が熱くなる 今思えば、きっと パチンコで 大勝でもしたのだろう だが、幼稚園児のわたしが …

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神は確かにそこにいた

13で新聞配達をしていた 私 進学など考えてもいなかった 実際 中学3年の夏までは、就職希望だった しかし なぜだろうか? どこでどうなったのか 自分でもその時はよくわからない いつの間にか 進学希望にしていた 進学先は実業高校 卒業後は就職しかない 進学するほどの余裕はない 実業高校一本です …

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あの頃貧しかった

あのころ貧しかった 5男2女の長男として生まれた私 両親はいたが、どちらも仕事嫌いのダメ人間 よくこんなので生活ができたものだ 今、思っても不思議でならない 父は、すぐに仕事を辞める 有給などは、すぐに使い切る 辛抱のできない父だった 母といえば、学校から帰ってくると必ず横になって寝ていた よく昔話とかで、夜なべしてなんていうのは…

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